未知に触れて未知に開く

2017年3月3日

愛の講座2017のご案内がスタートし
3週間ほどで満員御礼となり(!)
現在キャンセル待ちを受付しているところです。

いや、これは今までにない動きでして
オーガナイザーをしながらこの現実のスピード感に
びっくりしている次第です。

でも同時に思うのは、現実の動き方が
これまでに増してますます速くなっているということです。

ピュアに、混ざり気ないものは特にキラキラ
そのスピードは目を見張るほどです。

私の近況としては今年もあたらしいこと目白押しな
一年になりそうですニコニコ

コーチングに出会ったのが今から10年くらい前で
その時も「知らない世界!!なんておもしろいんだ!!!」
とわくわくドキドキしっぱなしだったのですが

今も、いくつかのあたらしい世界に足を踏み入れて
この世界は知らないことだらけだなと
ルーキーの気分ですブルー音符

10年サイクルで新たなものと出会っている気がする。
10年後は一体私は何をしているのでしょう。
今から楽しみです照れ

未知なるものに触れるとき、
不安になることもありますが
まぁ大抵はハートがYESと言ったらYESだし
結果オーライになるので、そんなときには
思考にはすこし静かにしてもらって
えいやっと飛び込むようにしています。

その方が後悔もないですし。

今年は他者からの影響を受けることを許可して、
ハートを開いていろんな相互作用を創りだして
いけたらと思っています。

さて!!年に数回しかないこの機会がやってきました。
コーチング体験講座が3月4月と開催されます。

小池都知事が「パラダイム」と言葉にされていましたが
CTNでは15年近く前からパラダイムシフト・コーチングを
提供してきました。

変化の時代に飲み込まれず、サーフィンしていくには
自分の「パラダイム」をつかむことが不可欠です。

人生に一度は体験講座「パラダイムシフト・コーチング」
目から鱗がぼろぼろこぼれると思いますよ。
是非ご活用ください!!!

右矢印右矢印東京をはじめ、全国各地で開催!コーチング体験講座

イタリア滞在後記。

2017年1月18日

イタリアから帰ってきて早いものでまもなく2週間。
のべ22日間の滞在は一日一日がとても濃くて、でもあっという間の時間でした。

まだ現在進行形で味わい中なのですが今自分に強くあるのは

・繊細さ、感受性を止める必要はないということ
・愛はどれだけあげてもなくなることのない泉だということ
・自分自身でいるためには相応のケアがいること

そのために、「自分を愛すること」がなによりはじめにくることを実感する体験でした。

今日は自分のためにルッコラとサラダ菜とオリーブの実とオリーブオイルとサラミと
イタリアで買ってきたチーズとバルサミコ酢でサラダを作りましたよ❤

おいっしくてめちゃめちゃ滋養になりました。
心にも身体にも栄養ですね。

ここから大きく変化していく自分自身のことも感じています。
流れに逆らわず、川を心地よくただようように進んでいこうと思います。
セッションもますます自分への愛と喜びに繋がるものになっていくのかなと思います。

帰国直前の写真。目が開いた感じです。
見るもの触れるものが新しく、新鮮に驚く自分に笑っちゃいました。

セルフラブ、今年もお伝えしていきます。
今年もよろしくお願いします。
LOVEアカルカ

自然と花ひらく。から焦らないで大丈夫。

感受性を開くと見える世界がまったく違います。

いつもの街並みが新しく感じる。
冬の寒さを身体中で感じる。
におい、肌の感じ、音、、、
こんなに繊細に色んなものを感じていたのかと驚くほど。

感受性を開くことで、罪悪感や義務感から自由になる。
罪悪感や義務感から自由になることが感受性を開くカギとも言える。

もともとの私は気持ちが揺れやすく、ちょっとしたことで悲しくなる。
非常にめんどくさい生き物だなと思っていたし、その根っこは変わっていない。

年末年始、自分への滋養のために行っていたイタリアでもよく泣いていた。

うれしい
たのしい
かなしい
くやしい
びっくり
感動

どの瞬間も湧き上がってくる感覚を止めないで味わっていたら、自分との繋がりがすごく深まった感じがした。

繊細さはじゃまじゃない。
かたくなさは武器じゃない。

いい子でいなくていい。
楽しい方に進んでいい。

なにかになるというよりは、くっついている色んなものがひとつずつ剥がれて、ピュアな自分になっていく感じ。

飾らず、取り繕わず、そのままで何も欠けていない。
花はその時がきたら自然と花開く。
土壌を耕し、栄養を注ぎ、伸びゆく自分と一緒にすごす。

自分を受け入れて、自分と深く繋がって、愛する自分とともに生きていく旅なのかもな、人生って。
なんて思う今日この頃です。

欠乏感から選ばない

自分には足りないものがある。
まだまだ出来ていないからという欠乏感。

欠乏感から何かを選ぶと大抵しんどい。。
埋まっても次の欠乏感がやってきます。

過去の私の場合は、自分には魅力がないから尽くさなきゃだったな。
尽くして、捧げて、相手を優先してそれでも認めてもらえないと自分のどこが悪いんだろうって。

これはつらい。。。

今なら言える。
欠けていないし埋める必要もない。
誰かのために無理に自分を曲げたり自分を犠牲にする必要はない。

貢献と犠牲は全く違うのだけれどごっちゃになってるとしんどいです。

今でもたまに出るパターンは
「自分を最後の最後の最後に後回しにしてでも人のためになにか出来ることはないだろうか。」

自分自身と向き合わないためのいい隠れ蓑になるのです。。

ここに意識的になってから無理したりつらい状況になっても人のせいにしなくなりました。

こんなにやってるのに!!!
なんで分かってくれないの!!!
と思わなくなったのですね。

「○○せねば」からの解放はたくさんのギフトをくれています。

ページトップへ